2011年1月2日 貝塚市堀町 地車庫開き


毎年恒例の堀町の地車庫開き。07年以来5年連続での見学です。

  

8時50分、現地到着。今年はいつもより早く行きました。

  

  

昭和61年(1986)植山工務店にて大修理

  

水引幕は赤チチ→白フチ。

  

金縄は枕を使用しないタイプ。小太鼓には平成22年の墨書きがあり昨年張り替えたのでしょうかね。

  

  

9時、若頭の会長の方のご挨拶の後、鳴物が始まります。

  

  

   

昭和後期の大修理ブームの際の後旗の代表例ではないでしょうか。
さらに宮入幟もこの字体なので印象に残ります。

  

2006/10/8 撮影

    

この幟のレイアウト限りなく近いタイプでは
同地区の半田町<以前>、岸和田では中之濱町<以前>・大手町・本町<以前>・山出小路<以前>、他、朝代・市辺・鳳北王子<以前>・新在家・石橋 等
(市辺と朝代は黒チチ・フチ。社紋に縁取りがあるのが多いことが特徴では。「禮」が「礼」なのは堀町だけかな。)

  

9時10分、一旦堀町を出ました。下野町→半田町→名越町(閉まっていた)と廻る。

  

11時12分、現地に戻ってきました。地車庫の近くで地車を動かしているような雰囲気を察知したので急いで行くことに。

  

昨年は地車を直す際にこの手前の道まで地車を持ってきていた。

  

交差旗無しの姿、独特な水引幕に目がいきます。

  

左画像のように、地車を斜め45度?くらいの角度から見た姿も結構好きです。妻と平の組物の感じもよく判りそうで。

  

そして化粧無しの姿。こちらも好きです。

11時半、現地を後にしました。ここ2年この時のEIKOUは無いようです。

昭和61年の大修理以後、変わらぬ屋根であるような印象があります。

昭和23年(1948)新調。今年で新調63年目を迎えます。現地車はあと2年で曳き納めとなります。


堀町の昭和55年時の映像を見ましたが、前は白法被、後は黒法被。
屋根には房があり、交差旗は白の梅鉢と丸町名で味のある交差旗に見えました。先は銀三方剣?
金縄は8の字結び?枡合には榊あり

屋根は比較的新しそうに様子に見えた。今とはガラット違う化粧姿で写真があれば見てみたいです。
(今と幟は同じ様ですが、町名旗が一つ前で金梅鉢に白町名。フレンジ部は今ではあまり見られない谷折の形状に見えた)


この時代は、小瀬は大修理直後。半田・石才は切妻時代。東は昼提灯&朱色の交差旗のイカツイ化粧姿。
来年の記念曳行?時の化粧姿に期待したいですね。