その3

小垣内の水引幕は、チチがフチを突き抜けている。このタイプの水引幕を使用している町は現役では数町。
S52年(1977)からこの化粧一式を使用しているとなると30年以上使っていることになります。
     
 懸魚も大修理当時から変わっていないかと
     
   昭和50年代以降の幟新調では、白チチ・フチが圧倒的に多くなりました。
 私的に小垣内の幟は現代のような画一化された幟デザインになる走りのような幟に位置付けています。
(町意匠のギザギザ感のある丸意匠が特に好きです。最近ではあまり見掛けなくなりました)
地車庫に納まった所で各団体の記念撮影
記念撮影が終われば青年団タイムです。
   平台木の木口幅が時代を感じさせます
 明治13年(1880)、岸和田市筋海町新調<三先代> / 大正9年頃に小垣内が購入

新調後130年の時が経ち、小垣内にて約90年間曳行され、煉瓦館へ寄贈されます
11時55分、現地を後にしました。
来年には立派な地車庫も建つことでしょう。

12時33分、急いで下野町まで戻ると納車曳行に間に合った。

下野町は以前より締めた交差旗の付け方のイメージが強いですが、ここ近年は少し広めに付けている様です。
 

modified 2014/12/1